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🍛六皿目:国境を越えて継ぎ、継がせるフィリピンの味と、ダンスと音楽と。「カユマンギ、オリーブさん」

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「なじむ」をテーマに「生野のリアルな暮らし」に迫るインタビュー企画。第一弾は人生の浮かぶ時も、沈んだ時も、日々変わらず私たちの胃袋を満たしてくれる「飲食業を営む方々」に話を聞いていきます。舌の肥えた彼らは、どんな味に出会ったとき「このまちになじんだ」と感じたのでしょうか?六皿目は、音楽が溢れるフィリピン料理屋のあの味です。

喫茶店時代から人気だった、フィリピン料理

テーブルと、イスの奥にライブセットが見える

  

韓国料理やベトナム料理の多い近鉄今里駅から歩いて10分、小さな商業ビルの2階にあるフィリピン料理店「カユマンギ」。扉を開けると広々としたソファーとテーブルに、小さなステージとドラムセットがある。レストランというよりも、アットホームなパーティールームのような空間だ。こちらでは、店主のカワイダさんがつくるフィリピンのさまざまな家庭料理を食べることができる。毎週土曜日にはライブ演奏があり、常連さんも初めてお店を訪れる人も一緒にライブを堪能しながら食事ができる。

カワイダさんがこの店を始めたのは18年前。その頃は友人の誘いで来日し、元々この場所にあった喫茶店で働いていたという。

「韓国人と日本人の友達が経営していたお店で、コーヒーやサンドイッチを出したり、ランチを作ったりして手伝いをしていたのですが、ある時店主がどこかに行ってしまいました。そのままお店を続けていたら、どんどんお客さんが増えてきて、喫茶店時代から出していたフィリピン料理のメニューを増やしたんです」

なりゆきとはいえ、その後きちんと契約をし直して経営を引き受け、2006年に正式に自分の店としてフィリピン料理店「カユマンギ」がオープンした。カワイダさんのつくる料理はすべて、首都マニラにあるナヴォタス(マニラ北西にある港町)の魚市場で食堂を営んでいたお母様から教わったものだ。

  

  

「食堂は漁港で働く人や、買い物や観光に来る人で毎日にぎわっていました。私も小さいときから母を手伝って、そこでいろいろな料理を覚えました。母の実家はパンガシナン州という自然の豊かなところにあって大きな畑や牧場をしていました。そこでいろんな野菜や果物やスパイスを育てていて、牛と豚もたくさん飼っていたんです。パンガシナンは一年中暑い暑い地域ですが、バナナやマンゴー、唐辛子などがたくさん採れるので、朝夕の涼しいときに収穫して、戻ってきて仕込みを一緒にしていました」

自然豊かで海が近く、新鮮な魚や果物の恵みに囲まれた田舎の家。一緒にとってきた材料と漁港で揚げたての魚介を使って美味しい郷土料理を作っていたお母様。故郷のパンガシナンの話をするとき、カワイダさんの表情は和らぎ、常夏の故郷への想いが伝わってくる。現在は牛を手放し、豚を少し飼っているそうだが、フィリピンでは未だに家で牛や豚、ヤギや鶏を育てる家も多いという。主食がお米で、周囲を海に囲まれているので魚介類をたくさん食べるところは日本と似ている。けれどやはりカワイダさんにとってここは寒い国。来日するときは雪の降らないところを最優先にしたというほど、寒いのが苦手なのだそうだ。

さまざまな歴史と文化が混ざり合うフュージョンフード

メニューには日本ではなじみのない名前が並ぶ

  

16世紀から19世紀という長い間スペインの統治下にあった影響で、フィリピンにはヒスパニック文化が色濃く残り、スペインや中南米のレシピや食材が多く使われているそうだ。交易の拠点として中国やヨーロッパ、他のアジア諸国からもさまざまな食材が流れ込み、20世紀以降はアメリカと日本の占領下にあった複雑な歴史と、南国特有の土着の生産物が混ざり合ったフュージョンフード、それがフィリピン料理なのだ。

各国の料理店が集まる生野にあっても珍しく、メニューの名前を聞いただけではどんなものだか想像がつかない。写真を見ながらおすすめを尋ねてみた。

娘さんが一番好きだという「シニガン」は、フィリピンのどの家でも作るポピュラーな家庭料理。タマリンドという梅干しのような酸味のあるマメ科の植物を煮出してつくる酸っぱい野菜スープで、メインの具材は豚や牛、魚などなんにでもよく合う。日本でいえばお味噌汁のような定番汁物メニューだが、常夏の国らしい爽やかさを感じる。お店の人気メニュー「カレカレ」は肉や魚介、野菜をピーナッツソースで煮込んだもの。カレーに似た見た目だが、味はもっとマイルドで、小海老を塩漬けにして発酵させたバゴンという調味料と一緒に食べる。

  

取材当日は、サポートで娘さんにも参加いただいた

  

もうひとつ代表的な伝統料理は「アドボ」。こちらはスペイン料理のアドバード(肉の漬け焼き)を起源としているものだそう。お肉や野菜をニンニク、スパイス、醤油、酢、砂糖などを合わせた甘酸っぱいタレに漬け込み、煮汁が飛ぶぐらいまでしっかり煮込んだ保存食で味も濃く、ごはんによく合う。どれも美味しそうだが、「今日は寒いから」といってこの日カワイダさんが作ってくれたのは、子どもの頃から大好きでよく食べていたという「ニラガ」という具沢山のスープだ。

「これを食べるとあたたまりますよ。メニューにはニラガンバカ(牛のスープ )となっているけど、今日は豚だからニラガンバブイ。暑い時でも寒い時でも、体調の悪いときや風邪をひいたときもこれを食べて治すんです」

アツアツで運ばれてきた鍋は、丁寧にアクが掬い取られた透明なスープのなかに柔らかく煮込まれた豚の塊肉と青梗菜、ジャガイモがたっぷり入ったフィリピン風ポトフという感じ。味はニンニクとナンプラーがほんのり効いたあっさり目の塩味で、お昼ご飯を食べた直後の胃袋にもスルスルとおさまる。冷たい雨の降る日だったけれど、じんわり身体が温まり、おかわりしたくなるほどだった。二日酔いや貧血気味のときにも効きそうな養生スープだ。

  

ニラガ(¥1,200)

  

音楽と踊りが人の輪をつくる

料理に続き、音楽やダンスもお店の看板だ

  

カユマンギでは、毎週土曜日にフィリピン人を中心としたバンドメンバーによるライブ演奏が行われる。バンドリンやコンガなどの民族楽器や、飛び入りでお客さんが場を盛り上げられるタンバリンなども揃い、ここに来る人の誰もが賑やかなステージと料理を楽しめる。カワイダさん自身も、楽器を演奏したり踊るのが大好きで、オリジナルの振り付けも考案している。多様な文化が混ざりあう故郷フィリピンで、大家族の中で育ったカワイダさんにとって、大勢の人が集まり、ご飯を囲んで歌ったり踊ったりすることは、とても自然なことなのだろう。

区民センターや教会などで行われる国際交流のイベントにも呼ばれることが多く、伝統舞踊からオリジナルのダンスまで、ボランティア仲間とともに練習に励んだり、バンドリンを演奏するなど、イベントの盛り上げ役を担っている。踊りの話をするカワイダさんの表情は、インタビューの時間のなかで一番といっていいほど輝いていた。

「イベントの前は準備にとても忙しいんです。衣装もフィリピンに帰国したときに頼んでおいて、全員分揃えるんです。仕事もしながらだし、お金もかかるし、でも皆で踊ると楽しいでしょ? 練習もみんなボランティアだから来られるときに来るような感じで自由にやっています。娘にも無理やり教えて(笑)一緒に踊っています。こんな踊りや音楽があるよって、世代から世代に伝わって欲しいから。私がいなくなっても、子どもたちにずっと続いていくように」

  

フィリピンで仕入れてきたというカトラリー

  

日本へ来たのは「平和で、いろいろな面白そうなところがあるから」というシンプルな理由だったというカワイダさん。昼間は清掃などのアルバイトをして夕方からはお店の仕込み、そのまま夜遅くまで営業して休日はボランティア活動という生活のなかで、生野の街をゆっくり散歩している時間はなかなかとれない。けれど、ご自身の育んできた音楽や料理を通じて異なる国の人々と交流し、人と人を繋ぎその輪を豊かに広げている。

店名の「カユマンギ」は褐色の肌の色という意味だそうだ。かつてさまざまな国に侵略されながらも、常夏の暖かい風土でそれらを柔らかく包んできた、故郷の文化への誇りのようにも感じられる。「100歳まで生きてね」という娘さんの眼差しに、この街でたくましくしなやかに暮らすカワイダさんへの、感謝と敬意が滲んでいた。

  

★フィリピン料理 カユマンギ
住所:大阪府大阪市生野区中川2丁目2−6
営業時間:18:00-24:00
定休日:月曜日
https://www.instagram.com/mayumiquinajon/
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Writer

竹添友美(たけぞえ・ともみ)
1973年東京都生まれ。京都在住。会社勤務を経て2013年よりフリーランス編集・ライター。主に地域や衣食住、ものづくりに関わる雑誌、WEBサイト等で企画・編集・執筆を行う。編著に『たくましくて美しい糞虫図鑑』『たくましくて美しいウニと共生生物図鑑』(創元社)『小菅幸子 陶器の小さなブローチ』(風土社)など。

Photographer

岡安いつ美
1988年茨城県生まれ。大学卒業後に京都市内のライブハウスに就職し、2014年にウェブメディア・ANTENNAを立ち上げる。その後ウェブディレクターとして働きながら、フォトグラファーとしての活動を開始。2019年よりフリーランスフォトグラファーとして独立。ライブ写真や家族写真、取材写真など人物写真を主に手がける。

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