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🍛四皿目:オーストラリアで出会ったパートナーと、マレーシアの朝の習慣を「卯食(マオシ)、小倉さん・ダスマンさん」

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「なじむ」をテーマに「生野のリアルな暮らし」に迫るインタビュー企画。第一弾は人生の浮かぶ時も、沈んだ時も、日々変わらず私たちの胃袋を満たしてくれる「飲食業を営む方々」に話を聞いていきます。舌の肥えた彼らは、どんな味に出会ったとき「このまちになじんだ」と感じたのでしょうか?四皿目は、マレーシアで魅了された甘い朝の味です。

一口食べたらやみつきに!祖母から伝わるカヤトースト

「カヤセット」(¥990)

  

マレーシアやシンガポールでソウルフードとして親しまれる、カヤトーストをご存知だろうか?ココナツミルクと砂糖、卵、パンダンリーフを煮詰めたカヤジャムを塗った、サクっと軽やかな食感と優しい甘さの朝食だ。マレーシア人の夫、ダスマンさんがつくるこの味と出会って以来、ココナッツが苦手だったはずの小倉さんは、すっかりカヤトーストの虜になったという。生まれ育った生野の街にこの味を広めたいと、ダスマンさんとともに2023年9月、「卯食(マオシ)」をオープンした。

「卯食(マオシ)」は、「卯の刻に食べるもの=朝ご飯」という意味からとった。暑いマレーシアでは、午前中の仕事に備えて早朝から食堂が開いているのがあたりまえ。なかでも子供からお年寄りまで人気なのがこのカヤトーストだ。パンの種類や焼き加減、カヤジャムの材料となるココナッツミルクや砂糖の種類、パンダンリーフの効かせ具合など、それぞれお店や家によってまったく味が違う。

ダスマンさんのカヤトーストは、お祖母様から代々受け継がれたものを、記憶を頼りに再現したもの。日本人の口に合うように少しアレンジしていて「一口食べたら次の日も食べたくなる中毒性があるんです。ぜひ食べてみてください」と小倉さんのお墨付きだ。勧められるがままかぶりつくと、サクサクに焼き上がった薄切りトーストに爽やかなカヤジャムがしっとり染みて、サンドされたバターとの相性が抜群。甘味と塩気のバランスも絶妙で、意外にあっさりしている。

    

こちらがダスマンさんお手製のカヤジャム

  

「カヤジャムはいつも1時間かけて手作りしています。いつか瓶詰めにしてお店で売りたいと思っているんです。ダスマンはパンの焼き加減も上手で、私が焼いてもこうはなりません(笑)」

開店からまだ一年も立たないのに、リピーターが多いというのも肯ける。テイクアウトでまとめて5、6個買っていく人もいるそうだ。おすすめのセットには温泉卵と好きなドリンクがつく。

「マレーシアではパンに温泉卵を絡めて食べるんです。ペッパーとお醤油をお好みでちょっとかけてみてください」

ペッパーは日本のものよりちょっとスパイシーでまろやかな卵とよく合う。新しいのにどこか懐かしい味だ。ダスマンさんはドリンクにも手を抜かない。厨房からカシャカシャカシャ……というリズミカルな音が聞こえてくると「これこれ」と小倉さんが嬉しそうな顔になる。

「マレーシアではコーヒーやミルクティーに練乳を入れてかき混ぜてつくるので、カフェに行くとずっとこの音がしています。ここれを聞くと“マレーシア”という感じがしますね」

タイ産の茶葉を濃く煎れ、練乳と合わせ攪拌して泡立たせたミルクティーは量もたっぷり。日本向けに少し甘さを控えてはあっても、本場マレーシアの香りがする。

出会いはオーストラリア、出産はマレーシア、開店は日本

店内の内装や、メニューのデザインはダスマンさんのこだわり、中国のデザイナーに発注した

  

幼い頃に英会話を習ってから、英語に興味を持つようになったという小倉さん。学生時代も英語が一番得意で一度は海外に住みたいと思っていたという。動物も大好きなので専門的に勉強できる環境を選び、神戸の動物病院で働いていたが、先輩がワーキングホリデーに行った話を聞くや、一念発起。オーストラリアでトリマーの仕事が見つかり、行くことを決めたのが5年ほど前のことだ。

2年間のワーキングホリデー中、最初の3カ月を過ごした短期バイト先のいちご農園で、小倉さんはマレーシアから料理の修行に来ていたダスマンさんと出会った。仕事のやり方を教わっているうちに交際が始まり、その後もお互いにそれぞれの道で忙しく働いていたが「ポンポンと月日が流れて、一年半経ったときにポンってお腹に子供ができて(笑)帰国することになりました」と小倉さんはその経緯を朗らかに教えてくれた。

その後、マレーシアで暮らすつもりだったが、出産して間もなくコロナ禍になり、小倉さんだけ3ヶ月の息子さんと生野に帰った。

「だから3年間会ってなかったんです。彼はマレーシアで焼き鳥屋をして、私はこっちで子育てして。その間は毎日テレビ電話でやりとりしていました」

  

この日も厨房ではダスマンさんが黙々と調理をしていた

  

昨年、コロナ禍が落ち着いたのを見計らって、ダスマンさんが日本にやって来ると、さらに人生の展開が早まる。小倉さんの実家近くに、ペットサロンとカフェが併設できる物件がちょうどよく見つかって、トントンと開店の運びになった。転機を軽やかに乗り超え、それぞれやりたいことに邁進して我が道を歩みながら心はしっかりとつながっている。そんな二人の背中を、なにか目に見えない大きな力が後押ししているようだ。落ち着いてきたら、2店舗目を出したいと笑う二人。あっけらかんとして、気負ったところが少しもない。

怒涛の決断と行動の連続のなかで、不安や困りごとはなかったのだろうか?

「初めてお店を開くので、もちろん不安なこともありますし、やることがいっぱいで時間は欲しいですけど、充実していて楽しいですね。私はトリマーの仕事が好きで、彼も料理を作るのが好きで、お互いカフェが好きで、好きな仕事ができているのが一番だなと思っています。なのであんまり困ったことは……あ、彼は日本の信号には困ってますね(笑)」

ダスマンさんの実家はジョホールバルにあり、首都クアラルンプルのような都会に比べて道路も広く、のんびりした街で信号もないのだそう。狭い日本の道路や、小刻みに設置された信号には戸惑いも感じることだろう。

アットホームでご飯がおいしい街、生野

商店街を歩いているといろいろな言語が飛び交っていることに気づく

  

桃谷の駅前商店街から店までは歩いて10分ほどの距離があるが、海外や他県からの客も多いという。

「カヤトーストのお店があまりまだ日本にないので、Instagramで見つけたといって、わざわざ遠くからも来てくださる方もいます。マレーシアやシンガポールの方も来てくれて、主人も楽しそうに喋っていますね。マレーシアの人がこんなに生野に住んでいるんだと知って驚きました」

お客さんの年齢層も幅広く、70代の常連さんもいるそうだ。もともと多様な文化が息づく生野では、これまでに街に根付いていなかった食文化でもすんなり受け入れられる土壌があるのかもしれない。

小倉さんはいま、4歳になる息子を育てながら、日によっては9時から15時までは「卯食」の店頭に立ち、それ以外の時間は隣接のペットサロンで予約を受けてトリマーの仕事をしている。サロンにも、リピートのお客さんが増えてきたという。多忙な中で、お休みは週一日。その日も池田まで車を走らせて、動物病院で働いている。好きな仕事とはいえ想像するだけで酸欠になりそうなスケジュールだが、殺伐とした感じがないのは、生まれ育った街で働く安心感からなのだろうか?

  

「疎開道路」の脇道に一本入ってすぐのところにお店がある、隣がペットサロン

  

「それはあるかもしれません。生野にいると、初めて会う人でも昔からの友達みたいに話ができるので楽しいんです。生野に住んでる人のためやったらなんでもする、みたいなあったかい感じがあります。かしこまらない。お風呂屋さんに行っても子供にみんな話しかけてくれたり、子育てもしやすいですね。うちの裏に保育園があって、すぐ近くに公園もあるし、実家があるのは助かってます。みんなで総動員で見てくれて」

4歳になる息子さんが言葉を覚えるスピードに合わせて、ダスマンさんも日本語を勉強中だそう。

そして肝心なポイント、ご飯がおいしいのもこの街の住みやすさ。家族でよく行く近所のファミリー居酒屋は、小倉さんが学生時代にアルバイトをしていたこともあって気心が知れている。ガイドブックには載らないけれど、ご近所の食卓代わりのように親しまれていて、何を食べてもおいしい。そんなお店がこの街には多いとは小倉さんの言葉だ。

  

異国文化が混ざり合う故郷の味

終始にこやかにお話してくれた小倉さん

  

そんな小倉さんにとって、故郷の味とはどんな味なのだろう。

「母の味ですね。うちはシングルマザーだったんですけど、どんなに忙しくてもファストフードに頼らず、必ず作ってくれていたんです。カレーとかハンバーグとか子供の好きな普通のご飯ですけど、ピーマンとか人参とか玉ねぎとか野菜を山ほど入れて作ってくれていて、おいしかったです。母の手料理が一番好きです」

今は、家でダスマンさんがご飯を作ってくれることもよくある。外食して口にあうものがあったら、何度も試作して、日本人好みの味を研究してくれるという。

「これ食べたい、って言ったら作ってくれるので、めっちゃ楽です(笑)。もう料理の名前もわからないような、餡掛けの麻婆茄子みたいな中華風の炒め物が美味しいんです。濃い目でご飯に合って、子どももよく食べてくれます」

  

コーヒー・ベーカリー以外にもメニューを増やしている最中だ

  

多民族国家のマレーシアでは料理にも近隣のタイやシンガポール、インドネシアなどさまざまな国の素材や味わいが混ざりあう。

「国ごとに宗教も違うし、それぞれ食べてはいけないものも違う。みんなが理解し合って、お互いの文化をそれぞれ尊重しながら一緒に住んでいて、とても自由なんです。働いていても休憩やご飯を食べる時間を大事にしていて、なんか楽でしたね」

滞在期間は短かったものの、その雰囲気がとても好きだったという小倉さん。多様な文化が混ざりあう生野の街にも、少し似たところがあるのかもしれない。カヤトーストも、この街に集まるさまざまな文化と混ざり合いながら、懐かしい味へと育っていくのだろう。

  

卯食(maoshi マオシ)
住所:大阪市生野区桃谷2-20-22
営業時間:9:00〜15:00
定休日:月曜日
https://www.instagram.com/maoshi_malaysia_bakery_cafe/
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Writer

竹添友美(たけぞえ・ともみ)
1973年東京都生まれ。京都在住。会社勤務を経て2013年よりフリーランス編集・ライター。主に地域や衣食住、ものづくりに関わる雑誌、WEBサイト等で企画・編集・執筆を行う。編著に『たくましくて美しい糞虫図鑑』『たくましくて美しいウニと共生生物図鑑』(創元社)『小菅幸子 陶器の小さなブローチ』(風土社)など。

Photographer

岡安いつ美
1988年茨城県生まれ。大学卒業後に京都市内のライブハウスに就職し、2014年にウェブメディア・ANTENNAを立ち上げる。その後ウェブディレクターとして働きながら、フォトグラファーとしての活動を開始。2019年よりフリーランスフォトグラファーとして独立。ライブ写真や家族写真、取材写真など人物写真を主に手がける。

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