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🍛一皿目:パートナーの生まれ故郷で、自身のルーツ「客家の味」を求めて「台湾マダム、セン・シセン」

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「なじむ」をテーマに「生野のリアルな暮らし」に迫るインタビュー企画。第一弾は人生の浮いた時も、沈んだ時も、日々変わらず私たちの胃袋を満たしてくれる「飲食業を営む方々」に話を聞いていきます。舌の肥えた彼らは、どんな味に出会ったとき「このまちになじんだ」と感じたのでしょうか?記念すべき一皿目は、「食べることがなによりも好きな夫婦」が営む台湾料理店で聞いたあの味です。

 

小さい頃から食べることが好きだった

閑静な住宅街にぶら下がる、赤い提灯が目印だ

 

「台湾マダム」は、鶴橋駅から徒歩5分、多くの韓国料理店が並ぶ鶴橋本通から横道を入ってすぐの住宅街の中にひっそりと佇むお店だ。台湾出身のセン・シセン(詹子萱)さんが、夫の横山雄司さんと共に2023年1月にオープンした。イタリアンのお店で働いていた横山さんが作る台湾料理と、センさんが作る本場の客家料理が売りだ。

「この店をやるって決めてから、うちの母親が彼にいろいろ料理を教えたりして。もちろん彼は日本人なので日本人の味に合うようにアレンジをしています。私は客家(*台湾に古くから移民した漢民族の一つ)なんですが、お客さんと台湾の話をする時に、客家のことももっと紹介できたらいいなと思って。お客さんも是非食べたいということでコースでは客家料理を出していますね」

そんなセンさんの出身地は台湾中部にある、台中の東勢区。台湾でも客家が多く住む、山あいの自然豊かなエリアだ。「小さい頃から食べることが好きだった」というセンさん。実家は農業を営んでおり、聞けば、こと食事に関しては聞いているだけで羨ましくなるような環境で過ごしてきた。

「自然ばっかりの場所で、小さい頃から山の奥まで行って山菜を自分で採って帰ってきたりとか、そういうことをよくしていましたね。野菜もほぼ自分たちで作っているから、もう朝採り。今からご飯作りますって時は、畑に行って野菜を採ってきてそれを調理する。鶏も飼っていたから自分たちでしめて食べたり」

  

小さい頃から食べることには “すごく“ 興味があったという

  

そんな彼女にとって、故郷の味とはどのようなものなのだろうか。

お正月だったり端午の節句とか、そういう行事で食べるものはその季節になると食べたくなる感じはありますね。例えば、大根餅。台湾の地域によって味付けや作り方が違って、エビなんかの具材を入れたりもするところがあります。でも私が食べていた大根餅は本当にシンプルで、米粉と大根だけ(で作られたもの)。それに客家のソース、金柑ソースを付けて食べるんです。旧正月とか、そういう時に絶対に食べてました」

その後、客家は金柑ソースを蒸し豚、蒸し鶏などにもあわせて食べると教えてくれた。その味を求めて、日本でも自分で作ってみたことがあるが、うまくいかなかったという。日本と台湾の金柑の品種の違いで、苦味が強く、酸味が足りなかったのだ。その味の違いは、食べ慣れた味への想いをより強くするものだったに違いない。

  

台湾では普通に買えるものが、こちらでは買えない

「台湾マダム」名物、手作りの薄皮焼き餃子(7個 450円)

  

センさんが初めて日本へ来たのは21歳の時。留学生として、岐阜の大学に通うことになった。しかし、当初は日本の食生活に苦労し、一ヶ月で10kgも痩せたという。その原因は台湾と日本の「塩気」の違いだった。特に、中部地方の味噌を中心とした「濃いめの味」がセンさんにとっては合わなかったのだ。

「岐阜にいた時、何を食べても全部塩辛く感じてしまって。来てすぐの頃は自炊もできなくて、外食しかできないからそれがすごくつらくて。食べ物を残すのは嫌いなんですけど、残してしまったり。ラーメンとか、食べられなかったです」

そうした慣れない環境でも、白ご飯に缶詰をあわせて食べたり、チャーハンを自炊したりして日々の食事をしのいだ。異なる環境での「食があわないストレス」は相当なものだったことは想像にかたくない。本当は、ラーメンも大好きだという。

「スープ類が大好き。台湾では必ずご飯の時にスープが付いてるんですよ。種類もめっちゃ多くて、大根と鶏がらを一緒に炊いたものとか、乾燥させたユリの花で作ったスープとか。客家料理だと自家製の干し大根のスープが定番で、それは(当時)特に食べたくなりましたね」

  

厨房からずっと取材を見守る横山さん

  

その後、大学を卒業した後は、大阪の出版関係の会社に就職。「名古屋や、岐阜よりも大阪の味は自分にとって口に合った」というセンさんは、職を何度か変えたものの、結果としてそれ以降はずっと大阪で暮らすこととなった。「人と人との距離が近く、大阪は本当に台湾のよう」と語るセンさん。水のあう環境で住み慣れていくにつれ、食べ慣れた味を求めて「台湾の家族も驚くようなものまで」自分で作るようになってきたという。

家族に◯◯を作ってますって言うと、『えー、そこまでやるんですか』みたいな。でも食べたくて」

そのことについて、「一番ひどかったのが台湾ソーセージをイチから(作ったこと)。お義父さんにも『買ってきたらええがな』って笑われました」と横山さんが詳細を教えてくれた。センさんは「台湾では普通に買えるものが、こちらでは買えない。そういうものをしょっちゅう作る、食べたくて」とさらに応えたが、その言葉には慣れない土地で暮らす「食の苦労」が垣間見える。しかし、そんな苦労は特別ではないと笑ってみせる朗らかさがまた魅力に映る。

  

一緒に行きたいから、もう一回チャレンジしてみて

この日は、イベントへのケータリングの出店で大量の卵が積んであった

  

そうして今では「台湾マダム」で客家料理をふるまうセンさんだが、普段のご飯は横山さんが作る。それは結婚前に付き合っていたときから変わらない。

「イタリアンで店長をやっていたことがあって、彼は料理を作ったりするのが趣味というか。私が会社勤めの時からお弁当を全部彼に作ってもらったりしていて。よく食べる方なんで、会社に行ったら同僚たちが毎日私のお弁当を見にくるんですね。そんな感じで、基本的には家で料理するのは彼なんです。私があんまり、はい(笑)」

二人の出会いもまた、食の場だったという。食べることが好きな二人は、家でもご飯を食べるが、よく外のお店へも食べに行く。中でも、おでんの「関東煮 きくや」や、「永和 すし富(旧称・すし富*1)」には足繁く通う常連だ。生の魚が食べられなかったセンさんだが、横山さんが子どもの頃から通う「すし富」を訪れて以降、すっかりお寿司が好物になった。

*1「永和 すし富」は先代「すし富」が店主・高齢のため閉店した後、 2023年より「永和 すし富」として新しくオープンした

「昔、カツオのたたきで変なのを食べてからちょっと(食べるのが)怖かったんです。でも、彼がお寿司が大好きで、『一緒に行きたいから、もう一回チャレンジしてみて』って連れて行ってくれて。そしたらもうハマって、めっちゃ食べることになりました」

そうしたセンさんの変化を台湾に住む両親に伝えたところ、「あまり生ものをたくさん食べないで」と言われたという話も聞かせてくれた。台湾では、昔は冷凍や運送の技術がよくなく、一定の年齢以上の層は刺身を食べることに抵抗があるという。台湾で生食が一般的になりつつあるのもまだまだ最近だとも話してくれた。

  

 好物のキムチ4種(左から、白菜、きゅうり、チャンジャ大根、カクテキ)

  

こうした「なじみの一皿」といえるようなエピソードに事欠かないセンさんだが、改めて「生野で暮らしていく上で、自身をこのまちになじませてくれた味はなにか」と聞いてみたところ、少し悩んだすえに「キムチ」という言葉が返ってきた。

「岐阜にいた時に韓国の留学生がいて、彼らは自分たちでキムチを作ったり、家から持ってきたり。その時に私、初めてキムチ鍋を食べさせてもらって感動したんです。こんなおいしい鍋があるんですねって感じで。それから大阪に来て、ずっとスーパーでキムチを買っていたんですけど、ここ(生野)に来てから彼が『スーパーでキムチを買うなんて』って連れて行ってくれたのが『神戸商会』さん。めっちゃおいしいんです」

「神戸商会」もまた、横山さんが子どもの頃からお馴染みの店だという。横山さんは「一般的なきゅうりと、カクテキと、チャンジャ大根っていうのがあって、あと白菜ですかね。すべて食べ尽くします」とセンさんの食べっぷりについてどこか嬉しそうに横から教えてくれた。

  

二十年にたどり着くにはまだかなり時間がかかります

  「神戸商会」はたくさんの人が行き交う鶴橋駅の高架ぞいの市にある

  

センさんは、生野について「あちこちにある市場や商店街」から台湾と共通した懐かしさを感じると話す。そんな場所で、センさんは今、自身のルーツとなる客家の味にも向き合っている。その、きっかけはなんだったのだろうか?

「自分で(台湾の食材や料理を)作るようになったのは、客家の料理教室をやっていて、それがきっかけですね。実は台湾では、食材が手に入りにくくなっていたり、食生活が変わって、若い人が伝統的な客家料理を作れなくなっているんですよ。今は認知症になってしまったんですが、うちのおばあちゃんがすごく漬物を漬けるのが上手な人で。私ももっと彼女が元気なうちに聞いておけばよかったって。だから今のうちにお母さんに聞けるものを自分で作れるようになりたいという気持ちがあります」

最近では、干し大根を作ることに熱心だというセンさんだが、その手間は相当なものらしい。

「漬け方を忘れてしまうから、練習も含めて干し大根を毎年自分で作るようになりました。入手できる材料を使って、お母さんにどうやって作るか聞いて、少量なんですけど。漬物は本当はすごい時間をかけて面倒をみないといけないものなので、昔は絶対自分で作ろうとは思わなかったけど、今は何があっても、疲れていてもそれだけはやるって感じで」

そうした味はこれからお店に少しずつ染み出していくと思いきや、センさんが漬けた大根はまだまだ年数が浅く、お客さんに出せるものではない。そこで、今はコース料理にセンさんのお母さんが漬けた「梅干菜」という別種類の漬物を出している。

  

 これが去年漬けたというセンさんの大根干しの様子

  

横山さんが「20年以上のものとか、それを送ってもらっていて。大根はね、黒いダイヤとか言われて、今台湾で値段が上がってますよ」とも教えてくれた。

「本当に真っ黒になった大根。あんなに大きな大根がこんなにちっちゃくなって、すごくおいしいんですよ。鶏一匹と大根だけ入れてスープにして食べるんです。他の調味料は一切いらない。それを日本でもできないかなと思って、何年か前から自分でも頑張ってやってみていて。最近は、台湾でも機械で乾燥させるような作り方もあるけど、やっぱり味が全然違う。天日干しして、それをまた漬け汁に漬けてまた天日干しして、何回も何回もやってるものがおいしいです」

そうして漬けている大根は、5ミリくらいの板状になるらしい。塩が表面に浮いた状態で瓶に入れできるだけ空気に触れないように密閉して保管する。

「毎年、私は頑張って二十本分くらい作ってるんですけど、うちのお母さんはもう何百本も漬けていて。さっきのペラペラになるまで、去年は二か月戦いました。これは冬の時期に作るんですよ。毎日漬けて、干して。カビが生えるから、雨に濡れたらアウト。雨も水滴も一切触れちゃいけなくて、二十年にたどり着くにはまだかなり時間がかかります」

センさんの話を聞いていると、横山さんからたくさんのものを受けとっていることが自然と伝わってくる。生野で生まれ育った横山さん。惜しみなくセンさんに自分の「なじみの味」を共有し、また「なじむための時間」を過ごしているからだろう。

センさんは、大阪の印象を「台湾のようだ」と語り、横山さんもまた台湾を訪れた時には台湾のことを「ここ、鶴橋やん」と感じたという。そんなどこか似た雰囲気の故郷を持つ二人は今、台湾マダムで少しずつ「“自分たち”のなじみの味」を模索している。

  

★台湾マダム
住所:大阪市生野区鶴橋2丁目14-18
営業時間:
ランチ(金,土,日のみ)11:30-15:00
ディナー:17:00-22:30
定休日:月曜日・第2,4火曜日
IG:https://www.instagram.com/taiwan_madam/

い く の

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Writer

堤大樹
2013年にWebマガジンANTENNAをスタート。2016年にロフトワークに入社。2020年に企画・編集・デザインプロダクションEat, Play, Sleep inc.を設立。2021年には「旅と文化」がテーマのメディアPORTLAを立ち上げた。行ったことがない場所へ行くのが好きだが、食のストライクゾーンは狭い。

Photographer

桑原雷太
大阪市生まれ・在住。世界を旅するなかで写真に出会う。毎年作品を撮るために世界のどこかへ旅に出ることを続けている。

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